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      歳時記

              saison de karo 115



                                   午後の雨雄雌不明の  大畑蛍魚


                               カナリヤ11


              私は私のうちの廊下に一ぴきのがまぎれ込んでいるのを発見した。

                  はその可憐な嘴で廊下の板の割れ目をほじくって微細な餌をあさったり、

                      首をあげ喉をふくらましてさえずったりした。



                                           カナリヤ4




                      どこかのが逃げてきたものに違いあるまい。

                      上等の細で、価格三円五十銭内外と私は鑑定した。

                      ! 捕らえて私のうちで飼ってやろう・・・・。

                                                     井伏鱒二 『細


                                            カナリヤ5


                    カナリヤ


             
                         私は自分の体を通過さすことができるだけの広さに硝子戸を開け、廊下に入った。

                         の狼狽は想像するだにあまりある。

                         彼はもはや、を広げることをあきらめて、硝子戸の桟に細い脚でしがみついた。

                         私が両手を近づけても、彼は動こうとしなかったのである。



                                         
                                               カナリヤ12

                                       絵になります。


                                                                 カナリヤ1                                   
           
             これで私は完全に彼を捕虜にしたのである。

             私は価格三円五十銭の細を只もうけしたというべきであろう。


                                   カナリヤ7           


                  私のうちにはがないのである。

                    隣家の本望達太郎氏のところには上等の鳥籠がある。

                      私に鳥籠を買うことのできるまで、

                        或は私の所有になったの買い手がみつかるまで、

                     本望達太郎氏の鳥籠に私のをあずかっていていただきたい。



                                       カナリヤ2

                             

             私は下駄をはき帽子をかぶって、

             本望孝太郎氏のうちへを持っていった。



                                    カナリヤ8


                 けれども、達太郎氏夫人は物事をする性質のひとであった。


                     彼女は私の訪問の趣旨を聞きとるより前に、

                 私の両の掌の中にいるに気がついて、

                    彼女はうれしまぎれに次のごとく言ったのである。

                「、すみませんでしたこと。

                    ほんとにありがとうございました。

                 でもよく見つかりましたわね。」


                                               カナリヤ2



                             私は自分にをおしかくして言った。

                               「お宅のと似ていましたから、

                                 僕は裸足で飛び出してつかまえました。」・・・・・・


                                                                   『細


                                     カナリヤ3
                                                                                              

                 
 

        歳時記 

                saison de karo 114


                          春愁の通り過ぎゆく青電車    山川和子
                                                  
                    
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                                      赤坂見附

                                    
            
             ぼくが赤坂見附から銀座に出ようと地下鉄丸ノ内線に乗った時のことだ。
             
             ちょうど、午後三時過ぎの空いている時間だったが、

             ぼくが何の気なしに腰かけた席のに、

             ひとりのが座っていた。


                                                 庄司薫 『頭巾ちゃん気をつけて』
                                   
                              
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             はすごくきれいな仕立てののチェックのスーツを着て、

             うす茶のブーツをはいて、同じ色の小さなハンドバッグを膝の上において

                  (ぼくはすごくよく覚えているんだ。)

             要するにとてもおしゃれなきれいな女性だったのだけれど、

             どうしたことだ、いっぱいにを流して泣いていたんだ。


                 涙8

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             それもハンカチーフや手でを押さえてとかいうのでなくて、

             を向いて、手はバッグをかかえたまま、

             とにかくまわりのことなんて全く目に入らないように、

             あとからあとからあふれ出るで顔中をぐしゃぐしゃに濡らして泣いていたんだ。


                                                スーツブルー                      

                涙17


                    これにはぼくはもうすっかり驚いてしまって、

                      まさにと口をあけてながめてしまった。

                        もちろんぼくだって、人間が時にすごくくものだということは知っている。

                    それに、

                      こんなことを言うこと自体がまた本当に残念だけれど、

                      ぼくだってくことがあるし、

                    時にはごくごくくだらないテレビドラマなんかでも、

                 つぼにくると、ホロホロいちゃったりすることがある。
  
             でも、まあ、ごく一般的に言って、

                     やっぱり、くっていうのは、特にそれが人前では、

                           相当に時と場合を選ぶべきものなんじゃないだろうか・・・。


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                     ところが、その女性は、人前も何もあらばこそ、

                     堂々というかなんていうか、

                         まったくひとりぼっちで、

                         まったく自分だけのにいるように、

                             ほんとうにもうひたすらを流して静かにしんしんと泣いていたんだ。
                   

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                   電車は国会議事堂前、霞ヶ関と進んで、

                    その度に新しく乗りこんだ乗客が、彼女を見て驚いてしまうのだが、

                      彼女は全然かまわずにき続ける。



                              なみだ1



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                                             涙05


             そして、要するにぼくは、

                (ガールフレンドの由美と映画を見に行くので

                 のウエストで待ち合わせていたのだけれど)

             どうにもりられなくなってしまって、とうとう本郷三丁目まで乗り越してしまった。


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             そして、ここで逆に、はそれ以上見ていられなくなって、

             あわてて降りてしまったというわけだ。

             何故かといって、(すごく生意気みたいだけれど)

             一人のが目の前でこんなにも悲しそうにいていて、

             それなのに、そのになにもしてやれないというようなことがはっきり分ったら、

             これはほんとうにどうすればいいのだろう。


                                    豸呻シ托シ農convert_20150325004013


                                           涙010                                                                           



             もちろん、どうしました?なんて、そばに行っていけないことはないけれど、

             彼女のき方には、そんな「釣れますか?」などと声をかけるようなことが、

             全く無責任だと思わせるようなそんな何かがあったんだ。

             彼女に声をかけるとしたら、彼女がそれこそき止むだけでなく、

             彼女がすっかりせになり、

             毎日底抜けに明るい笑い声をたてるまでにしてやると力がなくてはいけないんだ。


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                   ぼくは、なんていうのだろう。

                     そんな自分の力のなさのようなものにいたたまれないような

                  わけの分らないしさでいっぱいになって、

                     とにかく飛び降りて、

                  それから反対側のプラットフォームに行く階段を上りながら、

             、猛然と断固として一つのをしたのだ。


                                なみだ3


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                                   なみだ2        


                                                    
             まあ、笑われるとは思うけれど、

             要するにぼくは女性をかせたりはしないぞ、というものだった。

             ほんとうに断固としてしたんだ。

             女性をかすなんて絶対にしてはいけない。女の子を泣かしたりしては、

             にいけない。ほんとうに、ほんとうにいけない。

                                           『赤頭巾ちゃん気をつけて』   
                                    涙15 
                               ホットケーキ


                                     
 

           カロ歳時記

                   saison de karo 113



                              三月やモナリザを売る石畳 秋元不死男


                                 石畳3



                                    石畳4



              それは、縦3プート、横2プート、あるいはそれよりも少し大きい画で、

              仮の額縁がつけられていた。

              袖付きの銀灰色の衣装を着た、ひとりの若いが描かれていた。

              見る人の方へ顔を向けているそのは、

              やや左の方向に視線を注ぎ、んでいた。

              やわらかなヴェールを通してのように、

              魅力的で謎のようなだったが、

              目をくらますような光がこのから発散していた。

                                            レルネット・ホレーニア 『モナ・リザ』


                                   モナリザ1


             モナリザ7
              

               色の気流がそびえた山々がリボンのようにかかっている背景。

               そのは天国よりも素晴らしいかと思われた・・・・。


                                    モナリザ6


                                              石畳2


                       石畳1




                     そのの顔を見ることができたのは、ほんのかな間だった。

                     の瞬間、目の前でカーテンが閉じられてしまったのである。


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                                    モナリザ5

                          モナリザ3



                        あれはだったのです?

                              でもありません。

                                       レオナルドは言った。

                                             ・・・・・でございます。


               モナリザ4


                                           モナリザ2


                          だと? もういちど見せてほしいが・・・。

                          あれはでして・・・。時々手をいれております。

                          売っていただけないか。

                          完成するまでは売りませぬ・・・いつ完成するやら・・・。

                                                            『モナ・リザ』


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                         石畳6


                         このは・・・・。

                       レオナルドは言った。

                         なのです。 ただそれだけです。
                                                            『モナリザ』


                                                   モナリザ
                                      

            

                                             モナリザ0

                                               ですの・・・・。



             カロ歳時記 
                    saison de karo 112


                                    美しき夢見てゐしが落椿 今瀬剛一


                         つばき2

                                               椿0
                                                         

                                           

                       女子八百米リレー。

                     彼
は第三コーナーでぽとりと倒れた。


                                    

 
                                                 北川冬彦   『椿


                                            つばき002

                                          
                                           つばき6



                                 椿5

                                               
                  つばき00
                                                                                                          

                  マルグリットの陽気さ、その話しぶりも飲みっぷりも

                     発熱や精神の苛立ちを忘れたいという欲求からきているように思われるのです。

                        彼女がを一杯飲み干すたびに、

                          は熱っぽくみを帯び、

                     夜食のはじめのころは軽かった咳も、やがてしくなり、

                 咳をするたびに、椅子の背に頭をのけぞらせ、

             両手で胸を押えねばならなくなってきました。

                彼女は真っ赤になり、で口もとを押さえましたが、

                    そのナプキンはの血で赤く染まっていました。



                                                デュマ 『椿


                                        つばき000



                                            椿4



                                      サラ_~1
                                                 

                        つばき0000
               

                      が灯され、ソファの上で、彼女は片方の手でを押さえ、

                            もう片方はだらりと垂らしていました。


                              椿3


                     ぼくは傍に坐って投げ出された方の手をとりました。

                     「ねえ、これじゃんでしまいますよ。

                      どうか、からだを大事にしてください。」


                         椿0


                 「からだなんか大事にしていたら、それこそんでしまうわよ。

                  あたしのえは、こんなかれた生活なの。

                  それに、からだを大事にするなんて、

                  ちゃんとした家族のいるさんたちに言うことよ。

                  あたしのような女は、

                  男たちのの役にたたなくなったら最後、

                  それきりでてられてしまうの・・・。」

                                                               『椿』              

                                            つばき4


       
            庭を掃除してたってね。 

               ほんとにと、うまく葉がちる時があるのね。

                   だってそうですよ。

                       椿のって、ぽとっぽとっと落ちるんですよ。

                         下掃いててね。汚く落ちてていやだなあと思って、

                お客さんは何時に来るし、なんて思って、掃いているのね。     
 
              お客の来た時に、ほんとにうまくぽとっとっこちていたりなんかするの。

                             しめたっと思っちゃうのね。

                                                   幸田文 『


                                           つばき3



                        そりゃ、い椿なんか、ひとつぽとんと落っこちていると、

                               なんだか、わざとしたみたいで。

                                                          『


                                                      つばき03


                                                                       
 

     カロ歳時記

            saison de karo111


                        手袋の片方海を呼んでいる 城貴代美


                                 てぶくろ3


                                 手袋1



                              てぶくろ1
                                                                                                  

                    二十二歳のときだったと思います。

                       私はひと冬をなしで過ごしたことがあります。

                          勤めて間もなく、月給は高いとは言えませんでしたが、

                             身のまわりをととのえるくらいのことはできた筈です。

                       でも、をしなかったのは、気に入ったのが見つからなかったからでした。

                                                          向田邦子  『をさがす』


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                                                                   手袋4
                                            
                                       手袋5



                    戦争が終わってすぐの、駅も乗物もひどい寒さでした。

                           みな分厚いオーヴァーを着こみ、をはめていました。

                                  一体どんなが欲しかったのか、思いだせません。

                      とにかく、気に入らないものをはめるくらいなら、

                  はめないほうが気持ちが良い、と考えていたようです。
  

                               手袋7


               何時の間にか、わたしが何時を買うのか、まわりの人が気にするようになりました。


               そんなある日、

               わたしに目をかけてくれた人が、残業にことよせて、忠告してくれたのです。


                                           手袋1


               五目そばをふたつとりよせ、のたつおそばをすすりこみながら、

               こう言いました。

               君のいまやっていることは、だけの問題ではないかも知れないよ・・・・・。

               としました。


                                           手袋6



               わたしは昔からぜいたくで虚栄心が強い子供でした。

               ほどほどでするのではなく、もっとせば、もっと良いものが手に入るのではないか、

               きょろきょろしているところがありました。


                                      手袋3



             わたしはく健康でした。 親兄弟にも恵まれ、暮らしにも事欠いたことはありませんでした。

                 つきあっていた男友達もありました。

                       あのまま結婚していれば、いわゆる世間なみのせを手に入れていたかも知れません。

                    にもかかわらず、わたしはしくありませんでした。


                                             手袋10



                 わたしはをしたいのか。それさえもはっきりしないままに、

                           ただ漠然と、このままではだめだ、のままではいやだ、と、

                                     手のとどかない現実に腹をたてていたのです。


                                         手袋8


              たしかに、だけのことではありませんでした。  


                                                 手袋001
                                                  

                         ・・・・・わたしは四谷の通りを歩いていました。


                                          手袋9



              の匂いにまじってちゃんの泣き声、ラジオの音。

              十人並みの容貌と才能なら、上を見るかわりに下と前を見て歩けば、

                   きっとほどほどのせは来る・・・。


                                      手袋0


              、わたしは、このままで行こう、とめたのです。


                  そのから、新聞の求人広告に目をこらしました。

                       そして、「編集部員求ム」の広告に応募してしました。

                            ぜいたく好きと叱られて、ほどほどのものでするのもやめました。


                                  手袋2


              三か月分のをたった一枚の水着・・・・

              アメリカの雑誌で見た競泳用エラスチック製の水着に替えたのもこの頃です。

              そして・・・・。

              か不幸か、えようがありません。

              今の自分にもがあります。年と共にずるくなってゆく自分。

              地道な努力もなく、貧しい才能へのひけ目。


                                          てぶくろ4



              でも、たったひとつ、わたしの財産といえば、いまだに

              「を探している」ということです。


                                              手袋2


                                           
              どんなが欲しいのか、それはわたしにもわかりません。

              なにしろ、いまだにこれ一冊あればに行ってもあきない、といえるにもめぐりあわず、

              他のレコードは要らず、という音も知らず・・・に暮らすもなく・・・。
                                                            手袋01



              ないものねだりしているのでしょう。

              でもこの頃、

              まだ合うがなく、うろうろして、少しばかりケンカごしで、しい物を探して歩く・・・。

              そんなき方を少しりに思ってもいるのです。

                                                 向田邦子   『をさがす』

                                                            手袋02