saison de karo 51

望郷の鍋釜乾く五月闇 寺井文子 

台所1


それはながい間私たち女のまえにいつも置かれてあったもの
自分の力にかなうほどよい大きさの鍋や
お米がぷつぷつとふくらんで光り出すに都合のいい釜や
劫初からうけつがれた火のほてりの前には
母や 祖母や またその母たちがいつも居た

台所3


その人たちはどれほどの愛や誠実の分量を
これらの器物にそそぎ入れたことだろう
ある時はそれが赤いにんじんだったり くろい昆布だったり たたきつぶされた魚だったり

台所5


台所ではいつも正確に朝昼晩への用意がなされ
用意の前にはいつも幾たりかのあたたかい膝や手が並んでいた

ああ その並ぶべきいくたりかの人がなくて
どうして女がいそいそと炊事など繰り返せたろう?
それはたゆみないいつくしみ 無意識なまでに日常化した奉仕の姿

台所2


炊事が奇しくも分けられた女の仕事であったのは不幸なこととは思われない
そのために知識や世間での地位がたちおくれたとしてもおそくはない


台所4


私たちの前にあるものは鍋とお釜と燃える火と

それらなつかしい器物の前で お芋や肉を料理するように深い思いをこめて
政治や経済や文学も勉強しよう それはおごりや栄達のためでなく
全部が人間のために供せられるように
全部が愛情の対象あって励むように
                     

                           私の前にある鍋とお釜と燃える火と   石垣りん

台所7

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