saison de karo 44

落椿詩の解説を繰り返す  鍵和田秞子

つばき9


僕は小さな鉄のベッドに寝てからも、ねむれなくて、ただぼんやりと、これが人生というものだろうかと、将来の身のうえを考えていた。こころの中に悲しい誇りのようなものが深い根をはってくるのを感じた。

その次にやってきたのは、例の病気のひとつだった。熱は僕自身の身体を抉り、深いどこか分らぬ奥底から、僕の知らない幻影や事実をひっぱりだした、訳のわからないものに抑えつけられたまま、僕はじっと寝ていた。そして、ひとつひとつ、順序よく、さっぱりとふたたび身体の中へ仕舞いこむ命令がくるのをいまかいまかと待っていた。しかし、それらはぐんぐん大きく膨れ上がり、無理に逆らってきたりするのだ。しまいに僕はとうとう腹をたてた。僕はごちゃごちゃにそれらを投げ込み、無理やりに詰め込んだ。しかし、どうしても僕の身体はそこだけがもとのように塞がらぬのだ。
僕は叫んだ。むやみにただ叫んだ。

つばき10


しばらくして、そっと目をあけてみると、みんながベッドのまわりを取り囲んで、僕の手を握っていた。蝋燭がともしてあった。
人々の影ぼうしが後ろで動いていた。父は僕にどうしたのか、言ってごらんと言った。優しいけれども命令するような口調だった。
僕が返事をしないので、父はいらいらした。


つばき15


ママンは夜中には一度も来てくれなかった。いや、ただ一度だけ、来てくれたことがあった。
僕はいつものようにむやみに叫んだ。マドモアゼルが来、奥掛りのシ―ヴェルセンが来、馭者のゲオルグまで駆けつけてきたが、彼らでは到底どうすることもできなかった。
そこで、舞踏会にでかけていた両親のもとに馬車を迎えにやることになった。

多分、皇太子殿下の催された大舞踏会だったように思う。

突然、僕は迎えにやった馬車が中庭に入って来る音を聞いた。僕は静かになり、ベッドのすみに座ってじっと扉を見つめていた。隣の部屋でかさこそ物音がした。


つばき13


ママンは裾の大きな夜会服のまま入って着た。
純白な毛皮の外套を後ろにはねのけて、あらわな腕に僕を抱き上げてくれた。僕はママンの髪にふれた。いままでに経験したことのないおどろきとよろこびを感じた。僕はお化粧したちいさな顔と耳にさげたダイアモンドと、肩のあたりで高くなった夜会服の絹にさわった。ほのかに花の匂いがした。


つばき2


とうとう父が僕たちを引き離した。父は僕の手をとって脈をしらべた。
父は主馬頭の制服を着て、うつくしい幅ひろの象を描いた帯綬をかけていた。
彼は僕の顔を見ないで部屋の外へ声をかけた。大したことでなければ、また舞踏会へ引き返すと約束してあったらしい。事実、別に僕の病気は何でもなかったのだ。


つばき12

またひとりきりになると、僕の毛布の上に、ママンの舞踏会の番組としろい椿の花が落ちているのを見つけた。僕の見たことのない花だった。僕はそれを取って眼をおさえた。花の冷たさがつよく瞼にしみた。

                                  リルケ『マルテの手記』

つばき8

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