中村苑子遠望  饒舌の鸚鵡 その1  松下カロ

 
狂ひ泣きして熟練の鸚鵡をくびる     『水妖詞館』

鸚鵡と真珠

極彩色の、純白の、また鮮やかな緑の羽根。鸚鵡には存在感があります。鸚鵡という漢字もまた。「鸚鵡」に匹敵する名前を持っている鳥は「雲雀」だけではないでしょうか。
稀に店頭などで鸚鵡が飼われています。止まり木に拠り、道行く人を睥睨して、なかなかの風格。じっと見ていると、あちらも見つめ返します。周りをぐるりと一回りすると、向こうもぐるりと頭をまわします。「コンニチワ」と話しかけてみても、賢しげに首を傾げるばかり。多分哲学でも考えているのでしょう。

頭脳明晰、人間のような声を出し、唄を歌ったり、会話することまで出来る鸚鵡。その鸚鵡に、何か侮辱的な言葉でも浴びせられたのか、作者はいたく腹をたてているようです。ヒステリックに泣き、しまいには鸚鵡の首を締め上げるというのですから。
美しい色彩の鸚鵡を「くびる」女の細い、しかし底力のある指先。初めて『水妖詞館』を読んだ時、「鸚鵡」は「嫉妬」かもしれない、と思いました。裏切られた女性が男と恋敵を呪う句か・・・。まさに嫉妬とは華麗なもの。鸚鵡の羽根にも似て絢爛と詩を彩るものです。それにしても、「狂い」、「泣き」、「くびる」とは・・・。制御も客観もありません。これが、

黄泉に来てまだ髪梳くは寂しけれ    『水妖詞館』

と詠んだ同じ作家の句でしょうか。

鸚鵡3


中村苑子が世を去った時、『朝日新聞』( 2001年 1月14日 )は、彼女を「妖艶な作風で知られる」と報じました。死亡記事に添えられた「代表作」は、

貌が棲む芒の中の捨て鏡      『水妖詞館』

でした。句は、実際は

貌 ( かお )が棲 ( す )む芒 ( すすき )の中の捨て鏡

と、括弧で分断された印刷で、二度ショックだったことが思い出されます。

「貌が棲む」が紙面に選ばれたことには、興味深いものがあります。現在も代表作として人口に膾炙している「苑子らしい句」は、

翁かの桃の遊びをせむといふ     『水妖詞館』
春の日やあの世この世と馬車を駆り

「翁」の優美さと雅、また「春の日や」のような幽明境を異にする世界を自由に行き来してみせる「生死」を遊ぶ句です。同時に、

貌が棲む芒の中の捨て鏡    『水妖詞館』
寝苦しき鬼が踏みしか折れ桔梗    『四季物語』

俯いた女がやにわに貌を上げるとその額には角が生えていて・・・。情念を見事に詠んだ句が不可欠、という理解で、「貌」の句が代表作として記事に揚げられたか、とも思います。実は、初読時から、鏡に映っている「貌」は「鬼」に違いないと思い込んでいました。

改めて「貌が棲む」を読んでみると、意外に静かな句の本質、「なにも映していない鏡」の可能性も感じました。空っぽになった鏡の面もまた別の怖しさかもしれません。「情念句」の特徴、女性の暗部に踏み込んでいながらも、あくまでも美しい俳句造形、完璧な切れ、句中で完結する物語、「妖艶」という言葉を想起させる所以でしょう。

鸚鵡2

しかし、中村苑子の句集を開けば、どのページにも妖艶、雅な句が満載、という訳ではありません。むしろ、読む度に新しく「苑子らしくない」句を発見して驚くことの連続です。「らしくない」句の中で、俳人は淑やかなイメージをかなぐり捨ててしまいます。「鸚鵡」の句を初め、思い切って「蓮っ葉な」言い回し、かなり「あけすけな」語彙も使われます。曰く、くびる、くびられる、死にそびれる、反吐す ( もどす ) 、死に倦む、そして狂ひ泣く。続々と登場するアイテムも、鴉、蝮、蝮売り、蚊喰鳥、海胆、磯巾着、死霊、生霊・・・。

くびられて山鴉天下真赤なり      『水妖詞館』
死霊生霊蛇飢ゑてゆく藪の中
踏まれどほしの磯巾着の死に狂ひ    『吟遊』
そこかしこ死者も死に倦む山ざくら

「死霊生霊」の句などは、「苑子らしくない」を通り越して、いっそ凄艶な世界にもどってきたようでもあります。「貌が棲む」の句とも、「藪の中」か、「芒の中」で、密かに結び合っているのかもしれません。
現実世界と同じ広さの、あるいはもっと広く底知れない非現実の世界。そこでは「意識下の意識」が縦横に飛び回り、動物、植物その他あらゆるものに姿を変えて、句を詠み始めます。

鸚鵡のシャツ
鸚鵡のシャツ


これら「異形の句」は、苑子句の中で重要な仕事をしています。流麗な代表句に、彼等がたち混じることで、一連は紛れもなく苑子独自の旋律を持ちます。『春燈』で、季語と感情の美しいコラボレーションを学び、三橋鷹女に「詩の本質」を呼び覚まされた俳人は、前衛俳句との出会いで「句の構造」にも意識的になりました。中村苑子の中には、伝統も前衛も、孤高も俗世も混濁しています。彼女はその混濁に正直です。
細腰の美しい句も、一見「代表作」とは思われない「見込まれ」、「くびられる」句も、中村苑子に欠かすことの出来ない作品でしょう。

鸚鵡の帯どめ

饒舌の鸚鵡 その2へ続きます 乞うご期待
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