saison de karo 38

学校へ来ない少年秋の蝉 藺草慶子

黒板


ぼくは昆虫網を片手に下げて山路を歩いていた。真夏の午後の日差しが思い切り樹々の陰影をふかめ、草のいぶきが汗のなかにとけこんできた。と、目のまえをなにか輝かしいまばゆい物体がすばしこくよぎった。蝶だ。
なにかわからぬが珍しい蝶だ。そう経験がぼくに教えた。それにしても、どうしてぼくの膝は、捕虫網の柄をにぎった手は、あんなにわなないたのだろう。

昆虫標本3


ぼくは先年の夏、学校の宿題としてつくった昆虫の標本のことを思い出した。
それは野球や皿まわしに熱中していたころとて、ぼくとしてはかなりいい加減のものではあったが、それでも二つの標本箱の中には、大腮をひろげたサイカチ(兜虫)もいれば、瑠璃色の小灰(しじみ)蝶も紅色の下翅を持つ天蚕蛾(やままゆ)もいる筈であった。それらの虫の形骸が、鱗粉のきらめきが、この世のものならずみずみずしく思い出された。


蝶 藤島武二


ぼくは胸をときめかせて、つめたい硝子蓋の中をのぞきこんだ。しかし、たとえようもない失望を味わねばならなかった。蝶も蛾も兜虫も惨めに黴につつまれており、胴体が虫に喰われていたりした。こちらでは触覚が折れ、こちらでは翅がやぶれていた。

                    北杜夫 『幽霊』

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