saison de karo 26

寒風を来し目にすこし涙ため 星野立子

鏡台


麗子は血に辷る足袋で、ゆっくりと階段を下りた。
すでに二階はひっそりしていた。・・・四畳半の姿見の前へ行って垂れをあげた。血が白無垢を、華麗で大胆な裾模様のように見せていた。

裾模様2


姿見の前に坐ると、腿のあたりが夫の血に濡れて大そう冷たく、麗子は身を慄わせた。それから永いこと、化粧に時を費した。頬は濃い目に紅を刷き、唇も濃く塗った。これはすでに良人のための化粧ではなかった。残された世界のための化粧で、彼女の刷毛には壮大なものがこもっていた。

化粧入れ


立上がった時、姿見の前の畳は血に濡れている。麗子は意に介さなかった。それから手水へゆき、最後に玄関の三和土に立った。ここの鍵を昨夜良人がしめたのは死の用意だったのである。彼女はしばらく単純な思案に耽った。鍵をあけておくべきか否か、もし鍵をかけておけば、隣近所の人が、数日二人の死に気がつかないということがありうる。・・・やはりあけておいたほうがいい。・・・彼女は鍵を外し、磨硝子の戸を少し引きあけた。・・・たちまち寒風が吹き込んだ。

              三島由紀夫 『憂国』

鍵



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