saison de karo 23

             餅焼くや行方不明のひとつ 折笠美秋


                 おもち


雑煮を食って、書斎に引き取ると、しばらくして三四人来た。いずれも若い男である。その内の一人がフロックを着ている。・・・あとのものは皆和服で、かつ普段着のままだから頓と正月らしくない。
フロックは白いハンカチを出して、用もない顔を拭いた。そうして、頻りに屠蘇を飲んだ。ほかの連中も多いに膳のものを突いている。

おせちところへ虚子が車で来た。これは黒い羽織に黒い紋付を着て、極めて旧式に極っている。あなたは黒紋付を持っていますが、やはり能をやるからその必要があるんでしょうと聞いたら、虚子が、ええそうですと答えた。そうして、一つ謡いませんかと云いだした。自分は謡っても宜う御座んすと応じた。
それから二人して「東北」(とうぼく)と云うものを謡った。我ながら覚束ない声が出た。・・・

能 東北

                              謡 『東北』

すると虚子が近来鼓を習っているという話を始めた。謡の「う」の字も知らない連中が、一つ打ってごらんなさいと所望している。虚子は自分に、じゃ、あなた謡ってくださいと依頼した。
虚子は車夫を走らして鼓を取り寄せた。
鼓が来ると、台所から七輪を持って来さして、かんかんいう炭火の上で鼓の皮を焙り始めた。みんな驚いて見ている。自分もこの猛烈な焙りかたには驚いた。

虚子はやがて羽織を脱いだ。そうして鼓を抱い込んだ。自分はすこし待ってくれと頼んだ。第一彼が何処いらで鼓を打つか見当が付かないから、一寸打ち合わせをしたい。虚子は、ここで掛け声をいくつ掛けて、ここで鼓をどう打つから、御遣りなさいと懇(ねんごろ)に説明してくれた。自分にはとても呑みこめない。けれども合点のいくまで研究していれば、二三時間はかかる。やむを得ず、好い加減に領承した。

                 羽衣

                                     謡 『羽衣』


そこで「羽衣」の曲を謡い出した。・・・どうも出が好くなかったと後悔し始めた。・・・少し押して行くと、虚子がやにわに大きな掛声をかけて鼓をかんと一つ打った。
自分は虚子がこう猛烈に来ようとは夢にも予期していなかった。元来が優美な悠長なものとばかり考えていた掛声は、まるで真剣勝負のそれの様に自分の鼓膜を動かした。自分の謡はこの掛声で二三度波を打った。それが漸く鎮まりかけた時に、虚子が又腹一杯に横合から威嚇(おどか)した。自分の声は威嚇される度によろよろする。そうして小さくなる。
暫くすると聞いているものがくすくす笑い出した。自分も内心から馬鹿々しくなった。その時フロックが真っ先に立って、どっと吹き出した。自分も調子につれて、一緒に吹き出した。

                                                            夏目漱石「元日」


         漱石書斎

                                        漱石先生御書斎



             羽子板


スポンサーサイト

ADD COMMNET

title:

name:

mail:

url:

comment:

password:

TRAKBACK URL

RECEVED TRAKBACKS