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      歳時記
             saison de karo         


                                    をほおばって  武本明波

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                           1970年11月25日は、三島由紀夫が人生をじた日です。

              の初期の長編『をめぐる冒険』は、この日からはじまります。
                            
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              日のあの奇妙な午後を、僕は今でもはっきりと覚えている。

   強い雨に叩き落されたの葉が、雑木林にはさまれたを干上がった川のように黄色く染めていた。

            僕と彼女はコートのに両手をつっこんだまま、そんな道をぐるぐると歩きまわった。

                                                            村上春樹 『をめぐる冒険』

                  ぱら

                     は21才で、あと何週間かのうちに22才になろうとしていた。
                   
            当分のあいだ大学を卒業できる見込みはなく、かといって大学をやめるだけの理由もなかった。  
               
                 彼女が聞いた。 いつも嫌なをみるの? 

                    よく嫌なを見るよ。  大抵は自動販売機のつり銭が出てこない夢だけどね。

           彼女は笑って僕のに手のひらを置き、それからひっこめた。

                   本当にしゃべりたいことは、うまくしゃべれないものなのね。 そうわない?

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                                                              ファン・アイク
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                あなたと一緒にいると、時々とてもしくなっちゃうの。 彼女は言った。

                                                          『をめぐる冒険』

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              東映
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                        やくざ映画を愛していた三島は、1970年(死のひと月前)の対談で、

           彼がに観た映画である『昭和残侠伝 死んでもらいます』での藤純子についてこう語っている。

      藤純子がすごく良かったね。 していてね。

            一輪挿しの花がいつもゆれているような、とこちらを向いた時の表情・・・。

                                                   中川右介 『昭和日』

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          人生最後の映画を観ながら、、作家もを食べたのでしょうか?  カロ

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    中川右介の 『45』は、さまざまな日本人が、、どうしていたか、それをまとめた本です。

       するのは映画監督の大島渚当時38才、作家の吉行淳之介46才、映画「座頭市」の勝新太郎38才。
                      
              三島の小説「」のモデル歌舞伎の名優中村歌右衛門53才、昭和の演歌歌手村田英雄41才。 

                       美術家の横尾忠則34才、詩人の高橋睦郎33才・・・・。

              そして、学生だった村上春樹は21才。 

          印象深かったのは、三島が最後に観た映画の女優、さんの様子でした。


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                   藤純子は、この年、25才。 (12月生まれなのでまだ24才)

        1970年に最も観客動員が見込める女優は藤純子だった。 

          彼女の人気を不動のものにしたのが1968年の『緋牡丹博徒』の〈緋牡丹のお〉である。

                                                               『昭和日』                                                                                                                               

            速水御舟kore
                                                    速水御舟


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       三島の死のニュースがかけめぐったこの、撮影所の廊下で出会った映画監督に、彼女はこう言った。

                              も自殺しようかしら。

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           彼女は歌舞伎界のプリンス、尾上菊之助(七代目菊五郎)との恋愛の最中だったのだ。

                       ふたりが知り合ったのは、1966年のテレビドラマである。

                    藤の親は、東映の大物プロデューサーだった。 彼に逆らえる者はいなかった。

        である純子に近づけば殺されるとのうわさが広まっていた。 そのため、彼女に近寄る者はなかった。 

              ところが、テレビの世界では彼女をガードするものがなかった。

                 やがて共演の菊之助と親しくなり、藤は始めてに落ちる。

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     ふたりの婚約が発表されるのは翌年なので、ちょうどこのころ、結婚が現実のものになっていたと考えられる。

         この年の東映は彼女の映画だけで十数億円の興行収入があったとされ、

  まさにドル箱である彼女を手放せる状態ではなかった。  父は娘のと会社の利益という選択をせまられる。

                     彼女もまた父の立場と自分の幸せという択一をせまられていた。

                藤純子の引退は1972年のことである。 

                                                            『昭和日』

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                  をぬけてキャンパスまで歩き、いつものようにラウンジに座ってホットドッグをかじった。

                         ラウンジのテレビにはの姿が何度も何度もくりかえし映し出されていた。

             ホットドッグを食べてしまうと、もう一杯ずつコーヒーを飲んだ。

                                                     村上春樹  『をめぐる冒険』
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                       三島忌の帽子のなかのかな   攝津幸彦
                    攝津幸彦は村上春樹より年長です。  幸彦はうどん、春樹はホットドッグ。

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                   おむすびのなにもなき三島の忌 橋本榮治 
                            大きな梅干しが入っているかと思っていました。

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                                                              中央公論

                      
                       をほおばって  武本明波
                    明波さんのポップコーン、憂国忌という強烈な言葉に負けていませんネ。 !!


              ホットドッグ、コーヒー、うどん、おむすび、そしてポップコーン。

                        日。

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