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今月の猫 人になる気配もみえず梅雨の猫 橋閒石
今月の猫 Chat du mois
Chat du juin 6月のねこ
人になる気配もみえず梅雨の猫 橋閒石



妻は窓際に立って外を眺めていた。
窓の真下、雨滴がしたたり落ちているテーブルの下に、猫が一匹うずくまっていた。
下にいって、あの猫をひろってくるわ。 ぼくがいこうか。 ベッドから夫が言った。
ううん、あたしがひろってくる。
可哀相に、あの猫、雨に濡れないように、テーブルの下でちぢこまっているんですもの。
夫はベッドの端に重ねた枕に寄りかかって本を読んでいた。 妻は階下へ降りていった。
ヘミングウェイ 『雨のなかの猫』

ヘミングウェイ 20代のパスポート


妻ハドリーとヘミングウェイ スカート丈可愛い。

アーネスト・ヘミングウェイ(1899~1961)は生涯に4回結婚しています。
最初の結婚は22歳と若く、妻となったハドリーは母性的な愛で彼を支える女性でした。
しかし、生活の拠点を持たず、自由と野心を先行させようとする夫と、
安定を望む妻との間には、しばしば雨風、時には嵐が起きました。



profotofrere
ホテルは公園に面していた。 大きなパームツリーが生えていた。
支配人が立ち上がって一礼した。 イル・ピオーヴェ 今日は雨ね。 彼女は言った。
シ、シ、シニョーラ、 ええ、奥様。 ブルット・テンポ ひどい天気です。
彼女は入り口の扉を開けると、外を見まわした。 雨足がひときわ強くなっていた。


背後でこうもり傘がひらいた。
担当のメイドだった。 濡れるといけませんから。 イタリア語で言ってにっこり笑う。
メイドの差しかける傘に守られながら、彼女は砂利道を進んでいって、 自分たちの部屋の窓の下まで来た。

清宮質文

猫の姿は消えていた。 失望感に襲われた。
メイドが言った。 何かおなくしになられたんですか。
猫がいたのよ。 猫が? シ・イル・ガット。 ええ、猫が。 猫がですか? この雨のなかに猫が?
ええ、そうなの。このテーブルの下にね。 ああ、ほしかったわ、あの猫。 あたし、子猫がほしかった。
行きましょう、シニョーラ。 中にもどりましょう。 お濡れになりますよ。


ヘミングウェイ夫妻が滞在したイタリアの観光地パラッロ。 海上にそびえる古城 castello di rapallo

夫はベッドの上で本を読んでいた。 猫はつかまえたかい? もういなかったわ。
彼女は化粧台の前に座った。 ねえ、髪を長くのばしてみるのもいいと思わない?
彼は顔をあげて、少年のそれのように短く刈り上げられた彼女のうなじを見た。
ぼくはいまの感じが好きだけどな。 あたしはもううんざり。 男の子みたいな髪型はもううんざりだわ。
すごくいいよ、いまのままで。

小野隆生

モリゾー
あたし、髪を後ろにひっつめて、髷を結いたいわ。 鏡台の前に座って、髪を梳きたいわ。
それから、猫がほしいわ。
もういい加減にして、何か本でも読んだら? 夫は言って、また本に目を落とした。
誰かがドアをノックした。 アヴェンティ。 おはいり。 夫が言って、本から顔をあげた。
戸口にはメイドが立っていた。 でっぷり太った猫を腕にしっかり抱えて。
失礼します。 この猫をシニョーラにお届けするように支配人から申しつかりました。
『雨のなかの猫』



雨のなかの猫は、奔放な夫との関係に疲れた妻が望む新たな愛情の対象でした。
やがてふたりには息子が誕生します。
しかし、結婚は数年で破局。 ハドリーと息子は彼のもとを去ってゆきました。
男性的な文体を確立したヘミングウェイは『老人と海』など名作を次々と執筆、ノーベル文学賞を得ます。
名声と華やかな女性関係の一方、依存症に悩んだ作家が終生愛したのは海とお酒、そして猫でした。

晩年のヘミングウェイと猫とお酒


鋭い目線の愛猫と。 killadj

拾ひたるよりの仔猫の物語 高浜虚子
捨てられる前、拾われた後、猫にも人にも物語。

猫に鈴まもなく梅雨が訪れる 佐々木洋子
雨音と鈴音が重なると、いつか猫の鳴き声に。

雨音を連れ恋猫のもどりけり 永瀬十梧
しっかり拭いてもらってね。

ドライヤーも済みました。
勾玉の形に眠り梅雨の猫 村越縁
眠る猫は神秘のビジュー。


水無月の猫で手を拭く翁かな 攝津幸彦
猫はきっとモフモフ。

トウモロコシどうぞ。

若き日の文豪と妻の休日を横切った一匹の猫。 梅雨がくるとヘミングウェイ読者は思い出します。

人になる気配もみえず梅雨の猫 橋閒石
多少は気配あるのでは?

にゃ
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