saison de karo 17

葡萄吸う腰から下に夕日浴び 徳弘純

葡萄に陽
 

ジムというその子の持っている絵具は舶来の上等のもので、軽い木の箱のなかに、十二色の絵具が、小さな墨のように四角な形に固められて、二列にならんでいました。どの色も美しかったが、とりわけて藍と洋紅はびっくりするほど美しいものでした。・・・
秋だったのでしょう。葡萄の実が熟していたのですから。

クレパス1

昼ご飯がすむとほかの子供達は、活発に運動場に出て走り回って遊び始めましたが、ぼくだけはなおさらその日は変に心がしずんで、一人だけ教場にはいっていました。・・・ぼくの目はときどきジムの卓の方に走りました。

ぼくは急に頭が氷のように冷たくなるのを気味悪く思いながら、ふらふらとジムの卓の所へ行って、半分夢のようにそこのふたをあけてみました。・・・
藍と洋紅の二色を取り上げるが早いか、ポケットのなかに押し込みました。
・・・・
「君はジムの絵具を持っているだろう。」
「そんなもの、ぼく持ってやしない。」
「休みの時間に教場にいたのは君だけじゃないか。」・・・
ひとりがいきなりぼくのポケットに手をさしこもうとしました。…マーブル玉や鉛のメンコなどといっしょに、ふたつの絵具のかたまりがつかみ出されてしまいました。・・・

クレパス3

部屋の戸をジムがノックしました。中からやさしく、「おはいり」という先生の声が聞こえました。・・・・
何か書き物をしていた先生は、どやどやと入ってきたぼくたちを見るとすこしおどろいたようでした。が、頚のところでぷっつりと切った髪の毛を右の手でなであげながら、いつものとおりのやさしい顔をこちらに向けて、ちょっと首をかしげただけで、なんの御用というふうをなさいました。・・・

先生は、しばらくぼくを見つめていましたが、やがて生徒たちに向かって静かに「もういってもようござんす。」といって、みんなをかえしてしまわれました。
・・・先生はすこしの間なんとも言わずに、ぼくのほうも向かずに、自分の手の爪を見つめていました。

クレパス2

「絵具はもう返しましたか。」
ぼくはかえしたことをしっかり先生に知ってもらいたいので深々とうなずいて見せました。
「あなたは自分のしたことがいやなことだったと思っていますか。」
ぼくはもうたまりませんでした。ぶるぶるとふるえてしかたがないくちびるを、かみしめてもかみしめても泣き声が出て、目からは涙がむやみに流れてくるのです。・・・
「あなたはもう泣くんじゃない。よくわかったらそれでいいから泣くのを止めましょう。ね。・・・」

葡萄アップ

その時また勉強の鐘が鳴ったので、机の上の書物を取り上げて、ぼくの方を見ていられましたが、二階の窓まで高く這いあがった葡萄蔓から、一房の西洋葡萄をもぎとって、しくしくと泣き続けていたぼくのひざの上にそれをおいて、静かに部屋を出ていきなさいました。

                       有島武郎「一房の葡萄」

埃及の葡萄

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