Goulue de karo  カロ食彩6

ポテト・ダンプリングをつくろう。

ダンプリング・オ・コンソメ


ポテト・ダンプリングと言えば、思い出すのは、小説『マディソン郡の橋』。

ふたりの登場人物が出会ったその日に食べるつつましい夕食のメニューでした。

マッシュした馬鈴薯と、粉、卵を練り、茹で上げた一品。どちらかと言えば、ヨーロッパ系のお料理。作るのは、イタリアに進駐していたアメリカ兵と結婚し、祖国を離れて久しい女性。

『マディソン郡の橋』は、ご存じ、アメリカの田舎町にあるちょっと変わった橋(トンネルみたいに全体が屋根に覆われている造り)の撮影にやってきたカメラマンと、地元主婦があっと言う間に恋におちてしまうお話。大分前に空前のベストセラーになりました。(橋は実在していて、観光スポットになっていましたが、不審火で全焼、残念。)

マディソン郡の橋

                              ローズマン・ブリッジ

1965年8月16日の午後。(何故か、この小説、日付けがバッチリ。会った日、別れた日、亡くなった日まで、記録風に書きとめられています。)

「フランチェスカは玄関のポーチのブランコに坐って、アイスティーを飲みながら、田舎道にピックアップ・トラックが巻き上げる土埃をぼんやり眺めていた。トラックはなにか探しているかのようにゆっくり走っていたが、彼女の家の私道のすぐ前で止まり、それから私道に入って、家に近づいてきた。あら、と彼女は思った。いったいだれかしら。
彼女は裸足で、ジーンズに色褪せた青いワークシャツを着て、袖をまくりあげ、シャツの裾をそのまま垂らしていた。長い黒髪は巻き上げて、国を出る時父がくれた鼈甲の櫛でとめていた。・・・・
トラックは私道の奥まで走ってくると、家を取り囲む針金の柵の門のそばに停まった。・・・
『お邪魔してすみません。この近くにあるはずの屋根付きの橋を探しているんですが、見つからないんです。どうやらちょっと道に迷ったようです。』」
              ウォラー『マディソン郡の橋』

鼈甲櫛


カメラマン、ロバート・キンケイドはカッコ良すぎで、キャラクターにリアリティーがないのですが、ヒロイン、フランチェスカは、実に、そこに在るようにいる、と言うか・・・。家族を愛し、家族に支えられながら、家族とは違うものを見ているような女性。

8月の午さがり、みんな留守。ひとりぼっちで家にいた彼女は、風来坊のようなカメラマンに橋への道を尋ねられます。ふたりは最初おずおずと会話を交し・・・。おきまりのドキドキやいきさつがあって、彼女は、彼を橋まで案内する。

「『あなたは、正確にはどんなことをなさっているの・・お仕事のことだけど?』

『こっちがアイデアを思いついて、編集部に売り込んで撮影することもあるし、向うに何か企画があって、私に連絡してくることもある。・・・それ以外の時は、自分で勝手に写真を撮ったり、文章を書いて、他の雑誌に送ったりしています。・・・・で、あなたは何をなさってるんですか?』

『え?私?私は何もあなたみたいなことはしていないわ。・・リチャードは私が働くことに反対だった。家族は彼が養えるから、私が働く必要はないし、子供もまだ小さいんだからってね。だから私は働くのを止めて、フルタイムの農場主の妻になったというわけ。それだけよ。』

『アイオワでの暮らしは気にいっていますか?』

『本当は、たぶん、気にいっているわ。ここは静かだし、みんなほんとに良い人たちですから・・って答えるべきなんでしょうね。たしかにそのとおりなんですもの。町でも、車に鍵をかける必要はないし、子供たちを遊ばせておいても心配ない。・・・・けれども・・・』
『・・・これは、私が少女の時夢見ていた生活じゃないんです。』
とうとう告白してしまった。何年も前から、喉まで出かかっていたが、一度も口にしたことがなかった言葉。それを、ワシントン州ベリンハイムから、緑色のピックアップトラックに乗ってやってきた男に言ってしまったのだ。

彼は、すぐには何も言わなかった。やがて、
『この間、いつか使おうと思って、ノートにメモした言葉があるんです。こんな文句です。車を運転している時に頭に浮かんだんだけれど・・・。昔の夢はいい夢だった。かなわぬ夢ではあったけれど、夢を見られたのは幸せだった。・・・あなたがどんな風に感じているか、なんだか解るような気がするんです。』
フランチェスカは、彼に笑いかけた。・・・」

「『夕食をご一緒にどうかしら。いま家族は留守なんです。だから、あまり大したものはないけれど、ありあわせのもので何かつくるわ。』
『じつは、町の食料品店やレストランには、ちょっとうんざりしていたところなんです。ほんとうに。・・・』

菜園はすでに日がかげっていた。フランチェスカは、ひび割れた白いホウロウの洗い桶を持って、その中を移動した。人参、パセリ、それにバース二ツァ(白人参)とタマネギとカブを少し採り入れた。

夏野菜たち


『何か手伝いましょうか。』と、彼が聞いた。
『ポーチにあるスイカと外のバケツのじゃがいもを少し持ってきてくださる?』・・・・

『わたしは野菜を切るのが得意なんですよ。』と、彼が申し出た。
『いいわ。じゃ、まな板はあそこ、ナイフはそのすぐ下の抽斗よ。シチューをつくるつもりだから、野菜を賽の目に切ってちょうだい。』

植物油を熱して、野菜を1カップ半入れ、軽く焦げ目がつくまで炒める。それから、小麦粉を加えて、よく混ぜる。水を半リットル加え、残りの野菜を入れて味付けをする。あとは、とろ火で40分ほどゆっくりと煮込めばいい。
『もういいにおいがしていますね。』と言って、彼はコンロを指差した。
『とても静かなにおいだ。』

・・・彼女は立ちあがって、煮えたつ鍋のなかにダンプリングを落とすと、後ろを向いて、流しにもたれかかった。・・・

ポテトダンブリング


スイカはちょうど食べごろで、ビールはよく冷えていた。」 『マディソン郡の橋』

知らないうちにポテト・ダンプリングが出来あがっていました。これ、結構手がかかるんですが、何時の間に「こねちゃった」のでしょうね。以上が第一日目の食事。まだふたりの間には「いきずり」感と礼儀正しさたっぷり。
二日目も橋の撮影は続き、またまたフランチェスカの手料理で、(うまい具合に?家族はあと数日留守の設定)ほうれん草のサラダ、ピーマンのファルシ、(なかにはいっているものは、米、トマトソース、玉葱、大蒜)コーンブレッド、デザートにアップルスフレなどが供されます。ワインは辛口の赤、ヴェルポリチェッラ。初対面の日のメニューに比べて随分克明なのは、愈々この食事がラヴシーンへの導入部になるせいか・・・。

ピーマンのファルシ


夏。アメリカ、アイオワ州マディソン郡の平凡な農家の晩餐。

カロ風ポテト・ダンプリングの作り方
材料 じゃがいも1キロ。小麦粉、ベーキングパウダー、卵

1 じゃがいもは皮をむいて茹でる。本当は蒸した方がもっちり感が残ります。蒸すなら、よくタワシで洗って皮のまま。ほっくり蒸し上がったら皮をむいてマッシュする。お塩をつめの先ほど入れる。
2 1に小麦粉を大匙4,5杯、卵一個、ベーキングパウダー小匙半分、を加えてよく練り混ぜる。ぐちゃぐちゃなら小麦粉を足す。
3 大鍋にお湯を沸かし、「餃子」くらいの形と大きさにまとめたダンプリングを、ポトリ、ポトリと落としてゆく。ずっと強火で。浮き上がってふらふらしてきたら掬いあげる。これをいろんなスープに入れる訳ですが、フランチェスカは、「静かな匂い」の野菜スープの中に、直にダンプリングを落とし込んでいるようですね。
コンソメの中に入れても、ミートソースであえても、ポークのトマトソース煮にいれても、ホワイトソースに落としても。和風の煮ものに添えてもすいとん風になります。ただ、地味目な料理のせいか、男性にはあんまり人気なし。キンケイド氏のような人は珍しい。

ダンプリングの決め手はつるつるしこしこ感。口当たりよく仕上げるには茹で時間に気を使うこと。茹で足りないとぐじゃぐじゃ、茹で過ぎるとモロモロ。単純な材料だけに「程良い時間」が大事。初めての方は浮いてきたら食べてみて。

質素な食事で幕を開ける「中年の恋」は、たった5日で終わります。ふたりは自制し、ニ度と会わず、そして、それぞれの死の日までお互いを想いあう。

フランチェスカは潔く美しい。ダンプリングの「上げ際」をよく知っているからでしょうか。

8月16日。「日本の夏」には、いささかお熱いこの料理、汗をかきつつ食べましょう。それとも、もうちょっと涼しくなってから作りましょうか。

姦通よ夏木のそよぐ夕まぐれ 宇多喜代子

西瓜


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