saison de karo 14

狂女死ぬを待たれ南瓜の花盛り 西東三鬼

南瓜とミツバチ


「僕の母は狂人だつた。僕は一度も僕の母に母らしい親しみを感じたことはない。僕の母は髪を櫛巻きにし、いつも芝の実家にたつた一人座りながら、長煙管ですぱすぱ煙草を吸つてゐる。顔も小さければ体も小さい。その又顔はどう云ふ訣か、少しも生気のない灰色をしてゐる。・・・
一度僕の養母とわざわざ二階へ挨拶に行つたら、いきなり頭を長煙管で打たれたことを覚えてゐる。しかし大体僕の母は如何にももの静かな狂人だつた。僕や僕の姉などに画を描いてくれと迫られると、四つ折の半紙に画を描いてくれる。僕の姉の水絵の具を行楽の子女の衣服だの、草木の花だのになすつてくれる。唯それ等の画中の人物はいづれも狐の顔をしてゐた。・・・

狐のお面

僕の母の死んだのは僕の十一の秋である。
それは病の為よりも衰弱の為に死んだのであらう。・・・
危篤の電報でも来た為であらう。僕は或る風のない深夜、僕の養母と人力車に乗り、本所から芝まで駆けつけて行つた。僕は、まだ今日でも襟巻といふものを用いたことはない。が、特にこの夜だけは南画の山水か何かを描いた、薄い絹の手巾をまきつけてゐたことを覚えてゐる。それからその手巾には「アヤメ香水」と云う香水の匂のしてゐたことも覚えてゐる。・・・

雪舟四季山水

僕の母は三日目の晩に殆ど苦しまずに死んで行つた。
死ぬ前には、正気に返つたと見え、僕等の顔を眺めてはとめ度なしにぽろぽろ涙を落した。が、やはりふだんのやうに何とも口は利かなかつた。」
                     芥川龍之介「点鬼簿」

南瓜の収穫

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