歳時記  
                  saison de karo  


                           歳月の胸を蹴り尽す   永田耕衣    


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                父の郷里は南山城の木津川ので、私もそこで生まれたし、両親の墓もある。

                昔から代々親類よりもしくしている家があって、墓のめんどうもみてくれている。

                大きい茶問屋である。

                当代ももう五十を越して、が先代そっくりになった。    

                                                    飯島晴子 「


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                               子供の頃、父や母と墓参りにると、かしわのすき焼きときまっていた。

                       骨でとったスープをだぶだぶにいれて、すき焼きと水炊きの間みたいなものであったが、  

                餌を惜しまないで飼ってあるおじさんの鶏は、

          どう料理してもともかくしかった。


            芒3

                                                  ちひろ1
                                                            いわさきちひろ      

                                                                                 
                   ダシガラのは全部どんぶりに入れてもらって、

                                   時間をかけて私がしゃぶることに決まっていた。

                   おばさんが土間をったりたり、かまどにをくべたりしているのを見ながら、

                                   台所の板の間でりの鶏のガラをしゃぶるのは、

                   なんとも言えない安定感があった。


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                                        おじさんもおばさんも善良な普通の人であったが、

                           夫婦の間はも起こらないくらい冷えきっていた。

                 おじさんは小さい製茶工場を一代で大きくした謹厳実直の人であるが、

       まるでのように女出入りが絶えなかった。


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                子供のまれないおばさんが、

                おじさんがでつくった子供を引き取って育てたのが当代である。

                     そんな事情にもかかわらず当主は実に素直に成長して、 商売も上手で、

                     おばさんにもしんからかいようであった。

                           かわからないくらい働いてきたというのがおばさんの言い分であったが、

                           それはむくわれたように、はた目には見えた。


                ちひろ2
                                       
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                            でも、おばさんは八十をえて死ぬまで、

                          毎日の生活は共にしながらかににおじさんを許さなかった。

                       お嫁さんの話によると、おばさんの怨みはいもれもせず、

                    毎日毎日を鮮らしく生き生きと働き続けていたという感じで、

                 というしかないエネルギーである。


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            おじさんは一昨年、おばさんは昨年亡くなった。

                   奈良でを四束買って、実家の墓とおじさんおばさんの墓へ参った。一緒に来てくれた当主は、

                        こうして入ってはるのや、と言って、立派な墓石の前の墓ぐらのをずらせてみせた。

                               すぐそこにい風呂敷包みが二個あった。


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                            こおろぎらしいが乗っていた。

                        骨は骨壺から出してじかに風呂敷に包んで納めるのだそうである。

                  早く土にるように・・・。
                                                           「夫婦」    

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