saison de karo 62

白菊や血のにじむまで牡蠣を剝く 小泉八重子


白菊2




女は牡蠣の殻をあけることには、巧みになってしまっていた。
殻の張り出しているほうを下に、蝶番の部分を手前にして俎板の上でしっかり握って外側へ傾ける。手元を傷つけないように刃を向うむきにして強くナイフを差しこむと、刃を逆にして小刀を差し直し、刃先で天井を手前へ掻いて柱を切る。と、閉じ目も判らぬほどだった蓋殻が急に緩んで、磯の香りがくる。


白菊4


女はその夜も、牡蠣の殻をあけては、冷蔵庫の賽形の氷を均し並べた大皿の上に置いていった。


                  


                        白菊6




「ね、ちょっと。」
女は男の手首を取って、俎板に掌を置かせた。途端に、男は掌を引っ込めた。


白菊5




「どうした?こんなにざらざらしている。・・・・」

「この上で牡蠣をあけるとこうなるのよ。ナイフを強く挿し込む時に、殻の下側になったほうの縁が砕けて刺さるのよ。」
女は夢見るように言った。
・・・・・
「こいつは俎板だ。血で濡れることもあるわけだ。」
と男は言った。


                 
                  白菊5



女と男が牡蠣を食べたのは、その夜が最後だった。

    
                           河野多恵子 『骨の肉』





白菊3



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