saison de karo 56

カロ歳時記

蚊帳あたらし蒼茫として夢来る 畑耕一

蚊帳1

貧しい娘が貧しい家のニ階を借りて住んでいた。
そして、恋人との結婚を待っていた。

しかし、毎日ちがった男が娘のところへ通って着た。
夜、男たちは誰もかれもきまって言った。
「何だ、蚊帳もないのか。」
「すみませんわね。わたしが、夜通し起きていて蚊を追って差し上げますから、ごめんなさいね。」
娘はおどおどして青い蚊取線香に火をつけた。

珍しく老人が貧しいニ階へあがって来た。
「蚊帳を吊らないのか。」
「すみませんわね。わたしが、夜通し起きていて蚊を追って差し上げますから、ごめんなさいね。」
「そうか。ちょっと待っていてくれ。」


蚊帳6



老人は梯子段を下りて行ってしまった。娘は蚊取線香を焚いた。

老人が戻って来た。娘は飛び起きた。
「ほう、感心に吊り手だけはあるんだな。」
老人は真新しい蚊帳を貧しい部屋に吊ってやった。
娘はその中へ入って裾を広げて歩きながら、さわやかな肌触りに胸をおどらせた。

「きっと、戻って来てくださると思って、電灯を消さずにお待ちしていましたわ。」

娘は幾月ぶりかの深い眠りに落ちた。朝、老人が帰るのも知らなかった。

蚊帳3


「おい、おい、おい、おい。」
恋人の声で目が覚めた。

「いよいよ明日結婚できるぞ。・・・・うん、いい蚊帳だ。見ただけでもせいせいする。」

言うなり彼は蚊帳の吊り手を皆外してしまった。
そして、娘を蚊帳から引っ張りだして、蚊帳の上へほうり投げた。

「この蚊帳の上へのっかれ。大きい蓮華みたいだ。これでこの部屋もお前のように清らかだ。」

蚊帳5


娘は新しい麻の肌触りから、白い花嫁を感じた。

「わたし足の爪を切るわ。」

部屋いっぱいの蚊帳の上に座って、彼女は忘れていた足の長い爪を無心に切りはじめた。

                                    川端康成 『朝の爪』




蚊帳2

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