カロ歳時記
saison de karo 100
竹林を揚羽はこともなく抜ける 宗田安正



「喜助はん、あんたはん、あれ知っといやすか。」
玉枝は床の間の横に置いてある人形箱を指さした。
「竹人形どすねやわ。お父さんがおつくりやしたもんどっせ。
お父さんが、うちにおくれやした人形どっせ。」
喜助のガラス箱をみている目が釘付けになった。
「・・・もう十年になりますかいなあ、喜助はん、あんたはんはまだ小さいころやった。
お父さんはうちを可愛がってくれはったんどっせ。
あのお人形さんをわざわざつくっとくれやしたんどすがな。」
水上勉 『越前竹人形』

喜助はガラス箱のふたを開けた。
一尺くらいもありそうなその人形を手にとってみた。
見事な細工と言えた。
江戸時代の遊女であろうか。
うしろへ髷をつきだしたような髪型に、蒔絵の木櫛、衣服は帷子を模したものである。
鹿子や柄地が竹の皮の模様によってつくられている。
前で結んだ大きな帯も、すべて竹の皮でつくられてあった。

「お父さんがな、うちにくれるちゅうて、わざわざここまでもってきてくれはりましたんえ。」
喜助は、人形のどの部分にも父の精根がこめられているような気がして胸がつまった。

山裾の欅の梢にさみどりの新芽が吹き出している一日のことである。
小屋にこもって竹細工の糸鋸をいっしんに使っている喜助の耳へ、人の訪れる気配がした。
「ごめんやす。」
喜助は膝がしらの塵を払って、急いで戸を開けに立った。
戸口に玉枝が立っていた。

・・・・・・母屋の座敷に通すと、縁先の戸を開けた。
仏壇に燈明をともした。

「喜助さん、こっちのお位牌はお母さんのどすか。」
「へえ、そうどす、お母はんどすねや。」
「このお母さんのお顔おぼえておいやすか。」
「知りまへん。三つの時に死なはったんやさかい・・・。」
玉枝はん、あんたはお母はんどないしやはりましたんや。」
「・・・もう死なはりましたんえ。」
「お父さんは。」
「知りまへん。・・・あてはお父さんの顔を知らしまへんのえ・・・。」

玉枝は喜助の出した茶を飲んでから、母屋を出た。
女竹の藪をくぐって、丘の上の喜左衛門の墓に詣でた。

墓前には青竹の筒に深紅の八重椿の花が活けてある。
「きれいな花どすなあ。」
「お父つぁんが好きどしたんや。藪のはしに四、五本ぱらぱらに植わってますのんやけんど、
こんどここに植えかえよう思うてます。」
なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・・
玉枝はいつまでもそうしてつぶやいていた。

「こんどは、お父さんのお好きやった椿の木ィを
植えかえはるのんのお手伝いにきますわな。かましまへんか。」
喜助は嬉しくなった。
椿の木を植えかえるのは梅雨明けの頃である。
「梅雨明けの頃に植えかえますのや。そんなら、
玉枝さんは、またその頃に来とくれやすか。」
「きっとよせてもらいます。」
水上勉 『越前竹人形』


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