saison de karo 45

如月も尽きたる富士の疲れかな 中村苑子

富士3

東から月が上る。
月がだんだん高くなってきても、西の山には夕映えがしている。
富士山は全身バラ色に染まっている。

富士2


河口湖畔の町の灯りは信号のように、めくばせのように、息をしているように見える。


富士7


夜半に雨の音がしていたが、起きてみると、雪はうすく積もってまだ降りやまない。


昼 ふかしパン、キャベツ酢漬、ベーコンスープ、紅茶

富士10
富士6


雪は止まない。夕方、鳥の鳴き声がしたので晴れてきたのかと思ったが降り続く。雪が降っているなかでも鳥は鳴いていた。

富士11


夜も止まない。凍結を恐れ、車のサイドブレーキを外しに行くと、車は雪の中に埋まっている。
風が吹いて雪は横殴りに眼や口に入ってくるが、そのわりに寒くない。春の雪である。

武田百合子『富士日記』



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Chat du mois 今月の猫

Chat fevrier 2月のねこ

寝て恋の猫のくらさにいたりけり 榎本好宏

ねこ くろ


部屋に帰ってくると見たこともない大きな黒猫が椅子に座っていて、ウイスキイを飲んでいた。

黒猫はひどく良い機嫌で彼女に笑いかけ、彼女は別にそれを不思議にも思わず、こんにちは、と猫に答えて椅子に坐った。

お先にちょっと失礼してますよ。あなたも一杯いかがですか?

ええ、どうもありがとうございます。私はオンザロックスをいただきます。


ウイスキー2




ねこ黒猫3







それにしてもどうしてあたしは猫なんかと喋っているのだろうかと考えたが、よくわからなかった。

猫はライオンほどの大きさで、その大きさから察すれば、黒ひょうなのかもしれない。けれどやっぱり猫のようにも見える。・・・

お嬢さん、わたしはあなたを永遠の恋人のところにつれて行く役目でここへやってきたんですよ。


ねこ くろ1

永遠の恋人ですって?それは一体どうして?

どうしてってそんなことはわたしは知りませんがね。

でも、永遠の恋人って一体誰のことなの?・・・もしかすると、あの人のことなんでしょうか。

さあねえ・・あんたのおっしゃるあの人と、わたしがおつれするさきにいらっしゃる人が一致するかどうか私は知らないね。

ねこ黒猫2



あたしいやだわ。行くのはいや。 お前なんかこわくない。ただの大きな猫じゃないの。

あんたになんかつれていってもらわなくても、あの人をこの目の前に見ることができるわ。 

                              金井美恵子『永遠の恋人』


ねこ くろ2


saison de karo 44

落椿詩の解説を繰り返す  鍵和田秞子

つばき9


僕は小さな鉄のベッドに寝てからも、ねむれなくて、ただぼんやりと、これが人生というものだろうかと、将来の身のうえを考えていた。こころの中に悲しい誇りのようなものが深い根をはってくるのを感じた。

その次にやってきたのは、例の病気のひとつだった。熱は僕自身の身体を抉り、深いどこか分らぬ奥底から、僕の知らない幻影や事実をひっぱりだした、訳のわからないものに抑えつけられたまま、僕はじっと寝ていた。そして、ひとつひとつ、順序よく、さっぱりとふたたび身体の中へ仕舞いこむ命令がくるのをいまかいまかと待っていた。しかし、それらはぐんぐん大きく膨れ上がり、無理に逆らってきたりするのだ。しまいに僕はとうとう腹をたてた。僕はごちゃごちゃにそれらを投げ込み、無理やりに詰め込んだ。しかし、どうしても僕の身体はそこだけがもとのように塞がらぬのだ。
僕は叫んだ。むやみにただ叫んだ。

つばき10


しばらくして、そっと目をあけてみると、みんながベッドのまわりを取り囲んで、僕の手を握っていた。蝋燭がともしてあった。
人々の影ぼうしが後ろで動いていた。父は僕にどうしたのか、言ってごらんと言った。優しいけれども命令するような口調だった。
僕が返事をしないので、父はいらいらした。


つばき15


ママンは夜中には一度も来てくれなかった。いや、ただ一度だけ、来てくれたことがあった。
僕はいつものようにむやみに叫んだ。マドモアゼルが来、奥掛りのシ―ヴェルセンが来、馭者のゲオルグまで駆けつけてきたが、彼らでは到底どうすることもできなかった。
そこで、舞踏会にでかけていた両親のもとに馬車を迎えにやることになった。

多分、皇太子殿下の催された大舞踏会だったように思う。

突然、僕は迎えにやった馬車が中庭に入って来る音を聞いた。僕は静かになり、ベッドのすみに座ってじっと扉を見つめていた。隣の部屋でかさこそ物音がした。


つばき13


ママンは裾の大きな夜会服のまま入って着た。
純白な毛皮の外套を後ろにはねのけて、あらわな腕に僕を抱き上げてくれた。僕はママンの髪にふれた。いままでに経験したことのないおどろきとよろこびを感じた。僕はお化粧したちいさな顔と耳にさげたダイアモンドと、肩のあたりで高くなった夜会服の絹にさわった。ほのかに花の匂いがした。


つばき2


とうとう父が僕たちを引き離した。父は僕の手をとって脈をしらべた。
父は主馬頭の制服を着て、うつくしい幅ひろの象を描いた帯綬をかけていた。
彼は僕の顔を見ないで部屋の外へ声をかけた。大したことでなければ、また舞踏会へ引き返すと約束してあったらしい。事実、別に僕の病気は何でもなかったのだ。


つばき12

またひとりきりになると、僕の毛布の上に、ママンの舞踏会の番組としろい椿の花が落ちているのを見つけた。僕の見たことのない花だった。僕はそれを取って眼をおさえた。花の冷たさがつよく瞼にしみた。

                                  リルケ『マルテの手記』

つばき8