saison de karo 36


泣きながら青き夕を濯ぎけり 高澤晶子


蝶



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Chat du mois   今月の猫

Chat juillet  7月の猫

夏海をことばの如く引きし波 原コウ子

ねこ夏


私は朝早くから海にはいった。
砂の上に寝そべって、一つかみの砂を手ににぎり、指の間からやわらかい黄色の一すじのひものように流し落とした。それは時のように流れ過ぎて行くものに思えた。それはたわいのない考えだった。たわいのないことを考えるのはいい気持ちだった。夏だもの。
                              

ねこ海


私はベッドいっぱいに差し込んでいる暑い太陽の下で目をさまし、私がその中でもがいていた少し混乱した奇妙な夢から解放された。私は夢うつつの中で、しつこいこの暑さを手で払いのけようとし、それから、断念した。



ねこと海2


私は薄暗がりの中で、ベッドからずり落ちそうな格好で、目をさました。
口が重く、手足は不快に、じっとりと汗をかいてしびれていた。
太陽の光線がよろい戸のすきまからもれ入って、埃がぎっしりと列をなして上っていった。
私は起き上がりたくもなく、また床に入っていたくもなかった。

                                   「悲しみよこんにちは」 サガン


ねこと海3



saison de karo 35

女星から光りはじめて哀れなり 田中竹南

夜空2

かく言ふほどに、七月になりぬ。
七日、すきごとどもする人のもとより、織女、彦星と言ふことどもあまたあれど、目も立たず。かかる折りに、宮の過ごさずのたまはせしものを、「げにおぼしめし忘れにけるかな」と思ふほどにぞ、御文ある。見れば、ただかくぞ、

思ひきや七夕つ女(め)に身をなして天の河原をながむべしとは

とあり。
「さは言へど、過ごし給はざるめは」と思ふもをかしうて、

ながむらん空をだに見ず七夕に忌(い)まるばかりのわが身と思へば

とあるを御覧じても、なほえ思ひはなつまじうおぼす。

                                   「和泉式部日記」

和泉式部


恋人の宮さまからの便りも滞りがちのまま、七夕の日を迎えた。
つまらない男たちからはくさぐさの挨拶が寄せられたが、肝心のあの方からは何の音沙汰もない。こうした折りには心のこもったお手紙を下さったものなのに、もう私のことは忘れておしまいになったのかしら・・・。と思っていたところに、待ちに待った便りが着いた。
そこには、一首のみ、

私の心持ちは織姫のようです。なかなかお会いできない身の悲しさを夜空を仰いで嘆くばかり・・・。

と書いてあった。
「忘れてしまっておられた訳ではないのだわ」・・・嬉しい。お返しの歌に

空さえ見えませんわ。年の一度の逢瀬もかなわず、あなたからは嘆かれる身なのですもの。お待ちするだけの私を哀れとおぼしめして・・・。

と書いて託した。

あの方はきっと、私から離れ難く思ってくださるに違いない。              カロ訳


七夕2

式部さんの純情と思い込み、御見事。

この日の空は晴れていたのか、曇りか雨だったのか、何も記してありません。 カロ

竹の秋