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   tubame2 (3)oosyou さんこんにちは 
          Bonjour Monsieur. H


                                      ともせば雛にあり一つづゝ  正岡子規
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                                                          ? ふたつある!

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               とは、見つめ合うことではなく、で同じ方向を見ることである。   サン・テグジュペリ

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                                             あら、こんにちは。 一年ぶりね。
                                                       そうだね。 元気だった?
                    
         小包にてさし上候。
            
            熊本の雛祭は陰暦に違いないと家人のはからい也。

            こんなもの陳腐なるやも存ぜず候えども・・・。
                                          
                                            熊本市内坪井町 夏目金之助様

                                                          下谷根岸  正岡常規より
  
                                        ひな03

         
                       1900年(明治33年)、に赴任していた漱石へ子規が書いた手紙です。

            さなお雛様。 どんな品だったのでしょうね。

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                      わたしのささやかなお雛さまコレクションより いちばん小さなおふたり 2センチくらい
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          江戸っ子の漱石は東京がしかったようです。 子規も遠く離れた友人を気遣っています。 

              今のように飛行機で数時間というわけにも行かず、東京と熊本は外国みたいにかった。

         子規のお母さんか妹さんがあつらえた人形は、前年生まれた漱石の長女ちゃんへのプレゼント。

                            受け取った漱石はうれしかったことでしょう。

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                       子規と言えばこの写真。 彼が着ている着物はこんな感じのだったのでは? 
                                 少し派手でしょうか。 それにしてもこのアングル、
                                                 竹中直人サンに似てますね~。


         子規は沢山の作画を遺しています。 雛人形のがないのは残念。  momoA001itibann.png

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                        これは、の絵。  切れ長の眼が可愛い。

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          同じころ、にも子供が生まれています。 さん。 命名は子規でした。

               日に日に病の篤くなってゆく子規にとって、健康とチャンスにめぐまれたたちの幸福は、 

                   よろこびであると共に、うらやましく、ちょっとしいことであったのかも知れません。

                        子規の雛の句には、観者であることの悲しみが滲んでいます。

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                                         の影桃の影にかさなりぬ  子規
                      昼も見、夜もまた見、動かないお雛様に時間が過ぎてゆくのを感じて・・。

                        一枝や床の上  

                           ひな5
              
                  1900年はあわただしい年でした。 漱石はイギリス留学が決まり、久しぶりに。 

             八月、子規を訪ねますが、それはふたりのの会見でした。

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                    雛あられにうけ口を寄せ  高浜年尾
                        子規が名付け。 年尾さんの句。 けっこうつやっぽいですネ。

                        雛かざりありその前に  星野立子
                  虚子の次女の句。 彼女が生まれた1903年、子規はもうこの世にいませんでした。

                                           ひな6siki 

               ひな9    
                              
           酔ひて見る官女にのありにけり   星野紗一
                  にしか詠めない雛の句。
                        子規が読んだら・・・。 、とか言うかも。

                  雛の肌はんばかり納めける  木村たかし
                      お人形というよりも、の女性か。
                               雛は生きているようですね。

                               雛の唇紅まま幾世経し  山口青邨
                                 これも子規のに入りそう?

                  momoA001itibann.png     男性詠者たち、雛にかなりしてます。 一方、女性は・・・。

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             雛の夜の母打つ父をいて  中村苑子
                           忘れられない雛の句です。                         

                                   のうれひがほある雛かな   加藤三七子
                               雛は女性の人生とみたい。

                        を少し打ちやる流し雛  山崎百花  
                                  雛はうつくしくって流れてゆきました。
                           
                                                   nami1 (2)

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             tubame2 (3)oo                                 
                            ともせば雛にあり一つづゝ  正岡子規    
                                    明治の春、に浮かんだお雛様の影。 見ていた人。

                                           さん、ではまたね。 カロ

                                        ひなsiki  momoA0012.png
                                     
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 tubame2 (3)oosyou さんこんにちは 
              Bonjour Monsieur. 


                                    今年はと思ふこと  正岡子規
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                                                             凧です。 念のため。

                                    hatsumoude_hamaya.png  

                     (1867~1902)は、近代俳句の出発点と言われる人。   

                           彼の業績のほとんどは病床でなされました。     

                       明治29年(1896年)、は床につくことが多かったものの、

                たまには外出することもできました。 でも、病勢がつのってゆくはあったようです。
             
                                            nenga_mark07_fujisan (2)syou  
 
                                今年はと思ふこと            

               まだ才。 は、と、心にき上がっていたのは何だったのでしょう。

                             やはり、なんとか病をして、した仕事がしたいと思っていたのでは?

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                                                             セルフポートレート子規

             newyear_c93 (2)
                       ちなみにわたしの場合、新年はお餅など食べつつ、こそ、と思うのですが、

                         お正月気分の抜けるころにはすっかりれ、また相変わらずの

                            ナマケモノルーティンにってゆくことに。


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                                                   フリードリヒ    

            が取り戻せたなら、こんなことがやってみたい。 子規は短歌に託します。
                                 
               立たば不尽の高嶺のいただきをいかづちなして踏み鳴らさましを  

                        スケールきい。 nenga_mark07_fujisan (2)syou 
                                               夏の花 蓮

              立たば黄河の水をかち渉り崋山の蓮の花剪らましを   
                          子規は日清戦争に記者として従軍。 中国の地をんでいます。  
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                                            黄河ではなく横浜の水


                   派だった子規にとって、身体のかない現実はつらいことだったのでしょうね。

      晩年(と言っても35才)の「」には、東京で行ってみたいところ、てみたいものが挙げられています。

                              写真
                                    175795m (2)syou キャラちょっと新し過ぎか? 

                   自転車の競争 159393m (2)及び

         animal_lionsyou.jpg動物園の及び  149259m (2)                                                                   
                                       浅草 nettaigyo_fish_30613-300x300 (2)
                                   
                             ビール3 


                   子規の行きたい場所、 ここでは、かなり的ですね。                        

                               soraeki.jpg
                                                         凧・・・紙鳶・・・タコ
              nenga_mark10_hatsuhinode (2)                                                          
                       にひ年のさしけるガラス窓のガラス上る見ゆ  子規

        当時珍しかったガラス戸は、病床の子規のため、社中からのプレゼント。

        寝床から限られた外界を見る生活は、やがて、身の回りに生命を感じ取るへとつながってゆきました。

                                              tubame2 (2)oo

                鶏頭の本もありぬべし
                                              をとゝひのへちまのも取らざりき 

                 も、そしても、思えばこのガラス窓をして子規が見たものでした。

                       狭い場所にしていても、見えるものは見える!のですね。

                冨嶽三十六景 東都浅草本願寺
                                               葛飾北斎  冨嶽三十六景 東都浅草本願寺


                     立たば・・の願いはかなわなかったけれど、

           子規の枕辺は、豊かで自由なものでした。  い空をひるがえる凧のように・・・。
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                                                        これ凧です。 もう一度、念のため。


                         元日や吾新たなるひあり  夏目漱石

                         子規の生涯の、漱石にもこんな句が。

               子規や漱石の詠んだ願い、思いは、明治のたちすべてのだったのでしょう。

                               さん、ではまたね。  カロ

                                                       nenga_mark23_tako (2)