saison de karo 80

蜉蝣に詰まる卵よあべまりあ 岩尾美義



                         蜻蛉


              

                 
確か 英語を習い始めて間もない頃だ。

初秋の宵。

と一緒に寺の境内を歩いて行くと 青い夕靄の奥から浮き出るように、白い女がこちらへやってくる。
物憂げに ゆっくりと。

女は身重らしかった。父に気兼ねをしながらも僕は女の腹から眼を離さなかった。

頭を下にした胎児の 柔軟なうごめきを 腹のあたりに連想し それがやがて 世に生まれ出ることの不思議に打たれていた。

女は行き過ぎた。

少年の思いは飛躍しやすい。その時 僕は<生まれる>ということが まさしく<受け身>である訳を ふと諒解した。僕は興奮して父に語りかけた。



                   かげろう1




やっぱり I was born なんだね


父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。

I was bornさ。受け身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね。

その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。僕の表情が単に無邪気として父の眼にうつり得たか。

それを察するには 僕はまだ余りに幼かった。僕にとってこの事は文法上の単純な発見にすぎなかったのだから。



            かげろう2





父は無言で暫く歩いた後 思いがけない話をした。

蜉蝣(かげろう)という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが それなら一体何の為に世の中へ出てくるのかと そんなことがひどく気になった頃があってね。




               lラカン


僕は父を見た。父は続けた。

友人にその話をしたら 或る日、これが蜉蝣の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。

説明によると 口は全く退化して食物をとるのに適しない。胃の腑を開いても 入っているのは空気ばかり。
見ると、その通りなんだ。

ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりしたの方にまで及んでいる。

それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。
つめたい 光の粒々だったね。

私が友人の方を振り向いて<>というと 彼も肯いて答えた。<せつなげだね。>






                      蜉蝣3





そんなことがあってから間もなくのことだったんだよ。お母さんがお前を生み落としてすぐに死なれたのは―。

父の話のそれからあとは もう覚えていない。

ただひとつ痛みのように切なく 僕の脳裡に灼きついたものがあった。

ほっそりしたの 胸の方まで 息苦しくふさいでいた白い僕の肉体。


                                   吉野弘   『I was born



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saison de karo 79

愛されずして沖遠く泳ぐなり 藤田湘子



プール


 

その男とは大学のプールで知り合った

つくると同じように、彼は早くそこに一人で泳ぎにやってきた

彼は多崎つくるより二学年下で、物理学科に属していた





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「土木工学科でいったいどんなことをやっているんですか?」と相手の学生はつくるに尋ねた

を作るんだよ」

「エキ?」

「鉄道の駅だよ。液体の液じゃなくて」





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「どうしてまた鉄道の駅なんですか?」

「だっての中には駅が必要だよ」とつくるは当たり前に言った

「・・・しかし、うーん、駅を作ることにそれほど情熱を燃やしている人が世の中にちゃんといるなんて、想像したこともなかったなあ」



「世の中には弦楽四重奏曲を作る人間もいれば、レタストマトを作る人間もいる・・・駅を作る人間だって何人かは必要なんだよ・・・
それに僕の場合、それを作ることに情熱を燃やしているというほどのことでもない・・・ただ限定された対象に興味を持っているというだけだよ」

「失礼なことを言うようですが、限定して興味を持てる対象がこの人生でひとつでも見つかれば、それはもう立派な達成じゃないですか・・・・・つくるさんは何かをつくるのが好きなんですね  名前どおりに」




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同じ時刻に待ち合わせ一緒に泳いだ



              

              プール2
       





人は日々移動を続け、日々その立つ位置を変えている   次にどんなことが持ち上がるか、それはにもわからない

つくるはそんなことを考えるともなく考えながら、二十五メートルプールを息の切れないペースで往復した    顔を軽く片側にあげて息を短く吸い、水中でゆっくり吐いた



                   村上春樹 『を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』


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saison de karo 78

八月をしばらく飛んでない箒 森田智子




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 人間と魔女が結婚をして、生まれた子供が女の子の場合は、たいてい魔女として生きていくのがふつうでした。

 でも、たまにはいやがる子もいるので、十歳を過ぎたころ、自分で決めてよいことになっていました。

 
  

                              角野栄子  『魔女の宅急便』





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もし、魔女になると決心がつけば、ただちにお母さんから魔法を教えてもらって、十三歳の年の満月の夜をえらんで、ひとり立ちすることになります。

魔女のひとり立ちというのは、自分の家をはなれ、魔女のいない町や村をさがして、たったひとりで暮らしはじめることです。

もちろん、小さな女の子にとって、それはたいへんなことだったのですが、今では魔法の力も弱くなり、数もめっきり少なくなってしまった魔女たちが生き残っていくためには、たいせつな習慣なのでした。




                                        『魔女の宅急便』




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魔女裁判がもっともさかんだったのは、15世紀から17世紀にかけてである。それは、差別・・・虐殺の思想の一つの現れであり、アウシュビッツに通じるものである。社会的原因としては、天候異変、ペスト流行、十字軍などの社会的背景、教会の堕落などが指摘される。

                   
                                羽仁五郎 『都市の論理』



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魔女裁判とは、何かといば、それは代置現象である。事実として、なにものかを代置する。誰か現実の責任者がいるのだが、その責任を免れるために、スケイプゴオト、この山羊が悪いのだということで、身代わりの山羊をみんなで殺す、という事実としての代置現象である。

                            
                               
                                        『都市の論理』



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 魔法はふたつあります。ひとつは薬草をそだててくしゃみ薬をつくること、もうひとつは箒で空を飛ぶことでした。


                                             『魔女の宅急便』





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         魔女ってなんでしょうニャン。



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saison de karo77

青空は創の深みぞ夏ひばり  佐藤鬼房

                                              は・・・・・・です

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               ある
               ぼくは思った
               ぼくにせないひとなんてあるだろうか

               だが
               ある
               ぼくは思った
               ぼくにせるひとなんているだろうか

               ぼくの
               書きかけの詩のなかで
               巣のひばりがとび立とうとしている

               日は いつも曇っているのに

                                  寺山修司 「十五歳」



         

                  雲雀5




                                 雲雀4






              雲雀1



 


              ひばり1


                  飛べるっていいニャン 
saison de karo76

冷蔵庫に冷えゆく愛のトマトかな 寺山修司


               トマト10



ふかえりはテーブルの前に座って、背の高いグラスに注いだトマトジュースを飲んでいた。
彼女はここにやって来たときと同じ服を着ていた。ストライプの男物のシャツに、細身のブルージーンズだ。



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しかし朝に見たときとは、ずいぶん印象が違って見えた。
それは・・・・天吾がそれに気づくまでに少し時間がかかったのだが・・・・

が束ねて上にあげられていたためだった。おかげで首筋がすっかりむきだしになっていた。ついさっき作りあげられて、柔らかいブラシで粉を払われたばかりのような、小振りなピンク色の一対の耳がそこにあった。それは現実の音を聞きとるためというよりは、純粋に美的見地から作成された耳だった。





   トマト0



      

                    トマト3



天吾はドアを後ろ手に閉めたものの、しばらくそのまま戸口にたたずんでいた。



                    
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「さっきシャワーにはいった」、彼女はそこに立ちすくんでいる天吾に向かって、大事な出来事を思い出したみたいに真剣な声で言った。
シャンプーリンスをつかわせてもらった」・・・・・・・天吾は肯いた。




 
                               村上春樹 『1Q84』




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          「ふかえり」は、『1Q84』に登場する美少女



                       

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